永江一石とタバコイメージ

新しく東京都知事になった小池百合子知事が、東京五輪をキッカケに『屋内全面禁煙化』を目指すそうです。

 

そこまで厳しくする必要はないでしょと、私はちょっと引いてしまっています。

 

屋内の喫煙室で喫煙する事の、何が問題なのか私には分かりません。

 

ちなみに、私は一度もタバコを吸う習慣が今までにない、生粋の非喫煙者です。

 

でも、ちょっと世の中の『禁煙』運動が、行き過ぎているような気がして、とっても気持ち悪いんです。

 

特に、ネットやリアルでも、『禁煙』が正しいからと、他人を罵倒したり、権利を侵害している事を正当化している人を見ると、ドン引き中のドン引きといった気分になります。




 

論理が通じない禁煙原理主義者

最近も、そう強く思ったことがありました。

 

それは、永江一石さんという月間最高200万PVを誇るブロガーであり、マーケティングの専門家の方のツイッターを目にした時でした。

 

 

永江一石さんの権利を侵害すると、こう罵られる

永江さんという方は、とにかくタバコが大嫌いで、喫煙者の匂いで自分の権利が侵害される事は絶対に許さないとおっしゃっていました。

 

 

一方で、ご自身は知り合いでもない喫煙者に対し、悪口を言って不愉快にさせる事を推奨しています。

 

 

永江さんの言ってる事をまとめると、永江さんが不愉快になる事は世の中に絶対にあってはならないけど、永江さんは他人を不愉快にさせて良いという事だと思います。

 

永江さんは、自分と他人の権利を平等に扱っていないという事に、気づかない方なのでしょうか。

 

それとも、マーケティングの専門家だけに、そういう嫌煙キャラで売りたいのから、あえて過激な発言をしているのでしょうか。

 

真相は分かりませんが、こういう自分の考えが絶対正しく、それ以外の考え方を世の中から乱暴にでも排除すべきだという考え方に、ファシズム的な印象を持ってしまいます。

 

 

ナチス・ドイツの禁煙運動も差別につながっていた

さて、奇遇というか必然というか、ファシズムの親玉、のナチス・ドイツも、とっても『禁煙』に力を入れていました。

 

その理由を、ウィキペディアから引用します。

 

ナチスはタバコを「遺伝子の毒」とみなした。

人種改良主義者は喫煙に反対し、「ドイツ人生殖質」が汚染されることを恐れた。

ナチの反タバコ活動家は、しばしばタバコを「アフリカ人変質者の悪習」と表現しようとした。

 

 

人種改良主義って、人種を改良するという崇高な目的のためなら、ユダヤ人や同性愛者などを迫害しても問題ないというような、かなり危険な思想ですよね。

 

 

日本の嫌煙者もナチスに通じる感じがする

ナチスというと、かなりイっちゃってる思想って感じもしますが・・・!?

 

日本の嫌煙者の思考回路を細かく見ていくと、同じカテゴリーに属しているんじゃないでしょうか。

 

例えば、永江さんのブログに、次のような記述がありました。

はっきりいって喫煙者は現在はマイノリティだ。80%のノンスモーカーに迷惑かけていいわけがない。

https://www.landerblue.co.jp/blog/?p=28396

 

それに対し、私がツイッターで『私は非喫煙者だけど、永江さんのように気にならない』とやんわり発言したところ・・・!?

 

 

というリプを永江さんからいただきました。

 

このリプを解釈すると、本来は私も永江さんと同じ感覚であるはずなのに、私の身体機能が麻痺状態にあるんだと主張されていますよね。

 

私は、そういう主張に対して、かなり気持ち悪いと感じました。

 

だって、永江さんは人の感性の違いを一切考えず、自分と同じ考え方ではない人間は、身体能力が低下しているはずだという考えが根底にあるように見えるからです。

 

そして、そういう考えが、タバコを許容したり吸う様な、自分よりも身体能力が劣る人間を対等に扱う必要はなく、攻撃的に接しても構わないという思考につながっているのではないでしょうか。

 

そのために、冒頭で紹介した永江さんのTwitterのような、自分の権利は絶対に守られるべきでも、喫煙者の人権は考慮に値しないという考え方にもなっていくのでしょう。

 

それって、ドイツ民族は優秀なので、能力の低いユダヤ人は対等ではないので迫害して構わないという、ナチスの思考パターンとほぼ同じと言えるんじゃないでしょうか。

 

 

永江さん以外の嫌煙者も参戦

さて、永江さんと、こんなTwitterのやりとりをしていたら、横から知らない方から、こんなリプを頂きました。

 

 

この人は永江さん以上に、私がタバコが気にならないのは、感性の違いではなく、身体能力が劣っているからだと直接的に主張されていますよね。

 

この方からも、自分と違う感性を持った人間を『劣っている』と考える、ナチス的な思考回路があるような印象を受けます。




 

動物嫌いに置き換えてみる

さて、永江さんは、犬を飼っていらっしゃるようです。

 

一方で、世の中には動物が嫌いな人もいます

 

そういう人は、家の中でペットを飼っている場合の、室内の匂いが大の苦手だったりしますよね。

 

また、大型犬などに対して怖さを感じたり、不快に感じる人もいて、道で遭遇すると避けてしまう人も時々いますよね。

ペットが嫌な人の画像

 

あるいは、深刻な喘息持ちやアレルギーの人は、ペットの毛やダニなどが、命に関わってくるという人もいるでしょう。

 

 

永江式の思考法で、動物嫌いの人がペット好きをディスったら

そういう動物をよく思っていない人が、永江さん方式の思考方法を活用するなら、次のような主張が可能ですよね。

 

犬を飼う権利とかいうが、道で犬を連れて歩いたり、犬の臭いで他人を不愉快にする権利など絶対にない

 

こう主張する事は、永江さんが喫煙者に対して、

『タバコを吸う権利とかいうが、飲食店で吸ったり自分の体臭で他人を不愉快にする権利など絶対にない』

 

と、言っているのと、ほぼ同じ内容です。

 

 

このロジックで動物好き批判をすると、かなりキモい

こうやって、同じロジックで永江さんの発言を、次々に動物嫌いに当てはめると・・・!?

 

『戦国時代に誰も他人の体臭を気にしなかったのと同じように、犬とくらしててケモノの匂いが分からなくなっている』

↑失礼ですよね。初絡みの人に言う言葉じゃありませんね。

 

『はっきりいってペットを飼っている人は現在はマイノリティだ。60%のペットを飼っていない人に迷惑かけていいわけがない。』

↑即、ペットを飼っていないという事が、自動的にペット嫌いとは限らないでしょうってツッコミたくなりますね。

 

 

miminkoさんのロジックに至っては、近づけないレベル

あるいは、永江さんと私とのやりとりの横から、リプを下さったmiminkoさんとい嫌煙家の方の思考ロジックだと・・・!?

 

『私見ですが、動物においや危険性が気にならない人は、嗅覚と危機管理能力が低下しているんだと思いますよ。動物は人間に危害を与える事があるので、不快に思うのが生体の正常な反応です』

 

と、主張できますが、これだと、後々、殺人でも犯しそうな勢いでヤバイ人に見えますよね。

 

こうやって、喫煙問題から離れて、別も問題を当てはめてみると、過剰なまでの嫌煙者の思考が、かなり危険、もしくは幼稚なものである事が手に取るように分かります。

 

さて、こういうナチス的、差別的な思考に対しては、世の中が『フェアじゃない』と無視していかないと、いつかナチス・ドイツの様な恐ろしい事に向かっていってしまうんじゃないでしょうか。

 

杞憂かもしれませんし、杞憂であって欲しいですが、あまりに自分の感覚が世の中の基準だと信じてやまない嫌煙者の暴言を見ていて、世の中が心配になりました。




 

まとめ

東京五輪までに、屋内の喫煙を禁止しようとする動きがある。

 

しかし、その動きに対して、私は気持ち悪さを感じた。

 

なぜなら、『健康という正解』のためなら、他人の権利を制限しても構わないという思考を感じたから。

 

特に、永江一石というブロガーの嫌煙発言を見ていた時、かなりの気持ち悪さを覚えた。

 

永江一石の嫌煙思考ロジックは、極めてナチス的な差別主義に通じると私は感じた。

 

また、その思考ロジックで、動物嫌いについて考えてみると、やはり、ぶっ飛んでいて気持ち悪い。

 

そういうナチス的な思考には、もっと世の中が『フェアじゃない』と厳しく接していかないと、将来的に、世の中が恐ろしい方向に進んでしまうのではないかと感じた。