脱サラや起業を勧めるような、自己啓発系の本とかブログに目をやると、
『一度しかない人生をどう生きるか』とか、『今日が人生最後の日だったら?』とか、そういう問いかけが書いてある事が多いですよね。
多くの人は、それを見て、『あー、そうだ!人生は1度きりしかないから、やりたいように生きなきゃ』と思って、脱サラや起業にチャレンジしたくなるのでしょうね。
でも、私は、そういう『一度しかない人生』系のあおりを真に受けて脱サラや起業する人って、その時点で色々とダメな気がするんです。(←今日も爆弾落とします!)
というわけで、今日は『1度しかない人生をどう生きるか』、という考え方の危険性について書いていってみたいと思います。
『一度しかない人生をどう生きるか』が1番先に来る人はダメだと思う
私が『1度しかない人生をどう生きるか』系のあおりを真に受けている人に、一番聞きたいのが・・・!?
『人生が複数回ぐらいあったら、何回かは、やりたい事もやれずに、奴隷として死んでいってもいいですか?』という質問です。
おそらく、多くの人は、この質問に対して『No』と答えると思います。
例えば、修学旅行のバスの中で、何回もひたすら繰り返されるトランプの『大貧民(※地域によっては大富豪)』だって・・・!?
それなりに毎回『勝ちたい!』と思ってやっている人が大半でしょう。
むしろ、1度しかトランプの大貧民をやらないシチュエーションがあったら、どうでしょう。
すると、逆に、最初の調子が少し悪かっただけで、『こんなの1度の運だけじゃん!』って、逆に、1度きりの勝負だからこそ投げやりになってしまいませんか???
そうやって、投げやりになっている人に、『1度きりのゲームなんだから、やる気出せ!』と周りが言っても、『たかがゲームだろ!』と、よりやる気を失うと思います。
大富豪の『一度しかない人生をどう生きるか』には納得
とはいえ、孫正義さん、スティーブ・ジョブズさんとか、トランプではない本物の大富豪になった方々には、結構、『1度しかない人生をどう生きるか』論が好きな方々が結構いますよね。
でも、私だって彼らの言う『1度しかない人生をどう生きるか』という話には、敬意を持って耳を傾けます。
例えば、孫正義さんの、このツイートは有名ですね。
一度しかないこの人生で自分の夢を追いかけないでいつ追いかけるのだろう。
— 孫正義 (@masason) 2011年10月16日
孫さんは、『ITの分野で世界を変える』という壮大な夢を持っていらっしゃいます。
その夢を、『たった1度しかない人生で、どこまで先に進めるか!』という事をしていらっしゃるのでしょう。
孫さんの人生を数式風に表すと・・・!?
『(目標達成(X):ITで世界を変える)=(必要な要素(Y):企業経営)×(時間:一度しかない人生)』となるでしょう。
こういう『目標→1度しかない人生の有効活用』という理屈なら、私も納得です。
自己啓発本の『一度しかない人生をどう生きるか』は、枠が狭すぎる
一方で、多くの自己啓発の本の理屈はどうかというと!?
『(目標達成(X))=(必要な要素(Y):企業経営or脱サラ)×(時間:一度しかない人生)』
Q:あなたにとってのエックスを探しなさい!
となっている気がします。
本来、1度しかない人生を何にかけるかという事を考えたら、エックスが変われば、Yも変わらなきゃおかしいはずです。
そのYを脱サラ・起業と固定して、それで解を求めているようなのは、違和感を覚えずにはいられません。
例えば、遺産があったり、共働きだったり、お金に執着しない人であれば・・・!?
『(目標達成(X):家族と出来るだけ多く過ごす)=(必要な要素(Y):派遣社員になる)×(時間:一度しかない人生)』
こんな人生だって、それはそれで素晴らしい生き方じゃないですか!
でも、自己啓発本などは、『起業・脱サラ』で自由に生きていないと、素晴らしくないと説いていたりする事すらあります。
そんなライフスタイルの推奨なんて、余計なお世話ですし、先ほどの、1度しかやらない大貧民じゃないですけど・・・!?
逆に人生の目標を達成するのに起業が必要な人であっても、現状が起業などから離れすぎていると、『自分には縁のない話』と逆にあきらめてしまうキッカケにもなってしまうはずです。
その他にも、そうやって目標を後付けで、とにかく埋めなきゃと、無理やり埋めている人が脱サラしようとするからこそ・・・!?
一見、自分にも出来そうに見えるネズミ講の様な事にハマってしまい、周りに「1度しかな人生だから・・・」と、必要以上に語るのではないでしょうか。
『一度しかない人生をどう生きるか』というより、食べたいものを食べる人生が良いのでは!?
散々、『一度しかない人生をどう生きるか』という論にケチをつけたので、最後に、私なりの対案を書いておきます。
それは、ただ今、この瞬間に自分が興味を惹かれる事を正直にやるという事です。
例えば、食事は人生で何回も行います。
小さい頃から食べるのが好きな人は、駄菓子屋で、いかに美味しいお菓子を買うかに精を出していたという人も多いでしょう。
そして、そういう人が「つぎは、もっと美味しいものが食べたい」と思い続けながら大人になると、駄菓子は卒業して、もっと上のランクのグルメを求めていますよね。
そういう人の食に終わりはありませんから、B級グルメから、高級フレンチまで、食に興味のない人から見たら、際限なく食欲のままにグルメライフを堪能していらっしゃる事でしょう。
それと同じ様に、目の前にある興味のある事を、「もっと面白い事があるはずだ!」と追及していけば、必ず面白い地点にたどり着けるはずです。
そして、それは必ずしも、起業・脱サラとは限らないという事も重要だと思います。
まとめ
『1度しかない人生をどう生きるか』と考える事で、良い人生を送れるという論は、うさん臭いと思う。
なぜなら、人生が複数回あったら、投げやりに生きていってもいいのかという話になってしまうから。
とはいえ、大富豪が語る様な、壮大な目標があって、その目標を達成させるために、『1度しかない人生を、どう有効に使うか』という論には納得する。
しかし、陳腐な自己啓発本の多くは、あたかも『起業・脱サラ』でないと、人生を有効に使えていないかのように書いてある。
あくまで、『起業・脱サラ』は、人生の大きな目標を達成するための、一つの手段にすぎないはずなので、それが人生の目標になっていてはオカシイ。